本記事では、ジョブディスクリプションの基本概念から、その導入に至る背景、具体的な導入フロー、そして導入時に留意すべき点について詳細に解説しています。ジョブディスクリプションは、従業員の業務内容を明確化し、人事評価の基準として活用することで、モチベーションの向上や公平な評価を実現するための重要なツールです。同時に、同一労働同一賃金の実施、グローバル人材の獲得、スペシャリストの育成、リモートワークの拡大、ダイバーシティへの対応といった現代の労働市場が直面する課題に対応するための有効な手段でもあります。

ジョブディスクリプション入門

ジョブディスクリプション、または職務記述書とは、企業が従業員や求職者に対して、特定の職位で期待される業務内容、責任範囲、必要とされるスキルや資格、さらには目標達成に向けた行動基準などを詳細に記述した文書のことを指します。このシステムは、主に欧米で採用されており、日本でもその重要性が高まっています。

ジョブディスクリプションの目的と活用

ジョブディスクリプションには大きく分けて二つの主要な目的があります。

従業員の業務内容の明確化

従業員が自身の業務範囲とそれに必要なスキルを正確に理解することを助けます。これにより、業務の重複や押し付け合いを防ぎ、効率的な業務遂行が可能になります。また、従業員間の認識の齟齬を解消し、コミュニケーションの改善にも寄与します。

人事評価の基準としての活用

業務の目標や必要とされるスキル、達成すべき成果などが明確に記載されているため、人事評価の際の客観的な基準として機能します。これにより、従業員のモチベーション向上や公平な評価が期待できます。

ジョブディスクリプションと職務経歴の違い

ジョブディスクリプションと職務経歴書は、しばしば混同されがちですが、その目的と内容には大きな違いがあります。職務経歴書は、個人がこれまでに経験してきた職務や得たスキルを記載する文書であり、主に求職活動時に使用されます。一方、ジョブディスクリプションは企業が定める職務の内容や要件を明確にするもので、採用や人事評価の際に活用されます。

ジョブディスクリプションの活用場面

ジョブディスクリプションは、主に以下の二つの場面で活用されます。

採用時

求人票に加えてジョブディスクリプションを提供することで、求職者に対して職務内容をより詳細に伝えることができます。これにより、求職者は自身が応募する職位の業務内容や期待される成果について具体的なイメージを持つことが可能になります。

人事評価

各ポジションで求められるスキルや成果を明確に記載することで、人事評価の際の明確な基準として活用されます。これにより、公平かつ客観的な評価が可能となり、従業員のモチベーション向上に繋がります。

ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用

ジョブディスクリプションは、ジョブ型雇用制度において特に重要な役割を果たします。ジョブ型雇用とは、職務内容やその遂行に必要なスキルに基づいて人材を採用し、評価する制度です。これに対して、メンバーシップ型雇用は、個人の潜在能力や人柄を重視し、企業が従業員を育成していく日本の伝統的な雇用形態です。

ジョブ型雇用では、ジョブディスクリプションが明確に定義された職務内容を基に、適切な人材を選抜し、その人材のパフォーマンスを評価するための基準となります。これにより、スペシャリストの採用や育成が容易になり、企業の競争力強化に貢献します。

ジョブディスクリプション導入の背景

ジョブディスクリプションの導入には、時代の変化と社会の要請が大きく関わっています。ここでは、その背景を詳しく見ていきましょう。

同一労働同一賃金の実施

2021年4月、日本では「同一労働同一賃金」の原則が導入されました。これは、同じ仕事をしている従業員には同じ賃金を支払うべきだという考え方に基づいています。この原則の導入により、職務内容に基づく公平な賃金体系の必要性が高まり、ジョブディスクリプションの重要性が増しています。

グローバル人材の獲得

グローバル化が進む中、多様な背景を持つ人材の獲得が企業にとって重要な課題となっています。特に、外国人人材を含む優秀なスペシャリストの確保は、国際競争力を高める上で欠かせません。ジョブディスクリプションは、明確な職務内容と期待される成果を提示することで、グローバル人材の獲得に有利に働きます。

スペシャリストの獲得と育成

日本企業の多くは、長らくゼネラリストを重視する人事制度を採用してきましたが、専門性を持ったスペシャリストの重要性が再認識されています。ジョブディスクリプションを導入することで、特定の職務に必要な専門スキルや知識を持つ人材を正確に評価し、適切に報酬を設定することが可能になります。これにより、スペシャリストの獲得と育成が促進されます。

リモートワークの拡大

新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、リモートワークが急速に広まりました。リモートワークでは、従業員の業務範囲や成果物が明確でないと、効果的な管理や評価が難しくなります。ジョブディスクリプションによって職務内容を明確にすることで、リモートワーク下でも従業員のパフォーマンスを適切に管理し、評価することが可能になります。

ダイバーシティへの対応

多様な働き方やライフスタイルを支援するためには、従業員一人ひとりの職務内容や責任範囲を明確にする必要があります。ジョブディスクリプションは、個々の従業員が抱える育児や介護などの私的な事情と仕事のバランスを取りやすくするための基盤を提供します。

これらの背景から、ジョブディスクリプションの導入は、現代の労働市場において企業が直面する多くの課題に対応するための有効な手段となっています。企業は、時代の要請に応え、より良い人材管理を実現するために、ジョブディスクリプションの導入を積極的に検討すべきです。

導入のメリットとデメリット

メリット

・専門人材の雇用と育成: 職務に応じた高い報酬設定を可能にし、専門性を持つ人材の採用と育成を促進します。

・ミスマッチの解消: 従業員と企業の期待値の齟齬を減らし、離職率の低下に繋がります。

・業務効率化: 職務範囲が明確になることで、業務の効率化と生産性の向上が期待できます。

・公平な評価: 客観的な評価基準に基づき、従業員のモチベーション向上と公平な評価が実現します。

デメリット

・人事異動の柔軟性低下: 専門職としての契約が前提のため、異動が難しくなる可能性があります。

・組織力の低下: 部署間の異動が少なくなることで、社内ネットワークの構築が難しくなる可能性があります。

・ゼネラリスト育成の困難: 多様な業務経験を通じてゼネラリストを育成することが難しくなります。

ジョブディスクリプションは、企業が直面する多くの課題に対して有効な解決策を提供しますが、その導入と運用には慎重な検討が必要です。適切に管理されたジョブディスクリプションは、従業員と企業双方にとってのメリットを最大化し、組織全体のパフォーマンス向上に貢献することでしょう。

導入フローと注意点

ジョブディスクリプションの導入は、企業の人事管理システムに大きな変化をもたらします。そのため、慎重な計画と段階的な実施が必要です。以下に、導入のフローとその際に留意すべき注意点を詳述します。

導入フロー

人事制度設計の見直し

導入の第一歩として、現行の人事制度や評価基準を再評価します。ジョブディスクリプションを効果的に活用するためには、職務給や職能給などの給与体系も見直す必要があります。この段階では、中途採用や管理職向けに限定して制度を試行し、その結果を踏まえて全社的な導入へと進めることが望ましいです。

幹部と対象職務の定義

企業の目標や戦略に基づき、対象となる職務の範囲や内容を明確にします。この過程では、社の幹部や人事部門、関連部門の責任者が協力して、職務の目標や責任範囲を定めます。

現場の調査と情報収集

実際の職務内容を把握するために、現場の従業員から直接情報を収集します。このヒアリングを通じて、職務の詳細や従業員が直面している課題を明らかにし、職務記述書の作成に必要なデータを集めます。

職務の分析

収集した情報を基に、職務の内容や必要なスキル、成果物を分析します。この段階で、職務の範囲が適切か、また企業の目標に沿っているかを検証し、必要に応じて調整を行います。

ジョブディスクリプションの作成

分析結果をもとに、具体的なジョブディスクリプションを作成します。この文書には、職務の目的、主要な業務内容、必要な資格やスキル、評価基準などが含まれます。作成後は、関連部門や従業員のフィードバックを受けて、最終的な内容を確定します。

注意点

・新卒採用との整合性

日本の多くの企業では新卒一括採用が一般的ですが、ジョブディスクリプションを導入することで、ポテンシャル採用とのバランスをどのように取るかが課題となります。新卒採用においても、将来的に担当する職務に関連する情報を提供することで、ジョブディスクリプションの考え方を取り入れることが可能です。

・業務の空白に注意

ジョブディスクリプションによって職務が細分化されると、定義されていない業務が発生する可能性があります。これを防ぐためには、職務の範囲を定期的に見直し、必要に応じて更新することが重要です。

ジョブディスクリプションの導入は、企業にとって大きなメリットをもたらしますが、成功の鍵は慎重な計画と段階的な実施にあります。上記のフローと注意点を参考にしながら、企業の状況に合わせた適切な導入計画を立てることが重要です。

まとめ

ジョブディスクリプションの導入は、企業が直面する多くの現代的な課題に対応するための有効な手段です。従業員の業務内容を明確にし、人事評価の基準として活用することで、モチベーションの向上や公平な評価が期待できます。また、同一労働同一賃金の実施、グローバル人材の獲得、スペシャリストの育成、リモートワークの拡大、そしてダイバーシティへの対応といった、時代の要請に応えるためにも、ジョブディスクリプションの導入は極めて重要です。

導入にあたっては、人事制度の見直しから始め、幹部と対象職務の定義、現場の調査と情報収集、職務の分析、そしてジョブディスクリプションの作成というフローを踏むことが推奨されます。このプロセスを通じて、企業は従業員一人ひとりの能力を最大限に引き出し、組織全体の生産性向上に繋げることができるでしょう。

しかし、新卒採用との整合性や業務の空白といった課題にも注意が必要です。これらの問題を適切に管理し、定期的な見直しを行うことで、ジョブディスクリプションの導入はより効果的になります。

最終的に、ジョブディスクリプションの導入は、企業が現代の労働市場で競争力を保ち、従業員とともに成長していくための重要なステップです。適切な計画と実施により、その多大なメリットを最大限に活用することができるでしょう。

この記事の監修

植村悦也
植村悦也
税務調査専門の税理士

元税務署長・元マルサ担当官などをパートナーに、税務調査専門の税理士として年間100件以上の相談を受ける税務調査対策のプロ。
追徴税額を0円にした実績も数多く、Googleクチコミ4.9という人気を得ている。